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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)100号 判決

大阪市北区中之島三丁目2番4号

原告

鐘淵化学工業株式会社

代表者代表取締役

舘糾

訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

橋本良郎

齊藤洋伸

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

青山紘一

市川信郷

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第23701号事件について、平成5年6月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年10月5日、名称を「複合難燃繊維」とする発明(後に「難燃繊維複合体」と変更、以下「本願発明」という。)につき、特許出願をした(昭和59年特許願第209967号)が、平成2年11月8日に拒絶査定を受けたので、同年12月27日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第23701号事件として審理したうえ、平成5年6月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月28日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項記載のとおり)

ハロゲンを17~86重量%含むビニル系重合体に、該重合体に対して12~50重量%のSb化合物を含有させた繊維85~20重量部と、天然繊維および化学繊維よりなる群から選ばれた少なくとも1種の繊維15~80重量部とを100重量部になるように複合した難燃繊維複合体。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された特開昭48-73521号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)、特開昭52-99399号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)及び「高分子」Vol.22.No.253(1973)218~223頁(以下「引用例3」という。)に記載されている発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1~3の各記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との相違点の認定は認めるが、その余は争う。

審決は、本願発明と引用例発明1の一致点の認定を誤り(取消事由1)、この一致点の誤認を前提として、相違点を判断するに当たり、引用例2の技術内容を誤認し、本願発明の構成の困難性の判断を誤ったばかりでなく、本願発明の顕著な効果の予測困難性をも看過し(以上、取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明1とを対比し、「両者は、『ハロゲンを17~86重量%含むビニル系重合体に、該重合体に対して12~50重量%のSb化合物を含有させた繊維からなる難燃繊維』である点において一致する(ハロゲンを50重量%以下含む点及びSb化合物を重合体に対して12~30重量%含有する点で)ことが明らかである。」(審決書6頁18行~7頁5行)としているが、誤りである。

(1)  まず、ハロゲン含有量につき、本願発明におけるハロゲンは、原子として計算されているのに対し、引用例1では、その特許請求の範囲の「アクリロニトリルに対して50重量%以下の塩化ビニル及び/又は塩化ビニリデン」との記載からも明らかなように、「塩化ビニル及び/又は塩化ビニリデン」を対象として計算されており、ハロゲン原子の量そのものを50重量%としているのではない。

この引用例1の記載に基づき、引用例発明1の重合体におけるハロゲンの量を計算すると、重合体に対して最大24重量%にすぎない。

したがって、ハロゲンを50重量%以下含む点で一致するとした審決の認定は誤りである。

(2)  次に、Sb化合物につき、審決は、引用例1に記載された「三塩化アンチモン」を本願発明で用いるSb化合物の一種であるとしている(審決書6頁15~17行)が、本願発明でいうSb化合物は、本願明細書(甲第2号証の2、3)に記載されているように、「難燃剤として用いられるもの」(同号証の3、8頁7~8行)であり、三塩化アンチモンのような難燃剤として用いられない化合物は含まれない。引用例発明1においても、三塩化アンチモン自体は難燃剤としては用いられておらず、それが加水分解されて生成した酸化アンチモンが難燃剤として使用されている(甲第3号証6欄6~15行)ことが明示されている。

そして、引用例1において適当であると記載されている三塩化アンチモンの添加量は、アクリロニトリルを基準として2.0~30重量%であり、これを酸化アンチモンの量として計算すると、最大で17重量%(ハロゲン含有5重量%の場合)にすぎない。

(3)  以上に基づき、本願発明と引用例発明1とのハロゲン含有量と酸化アンチモンの含有量の関係から、両者の難燃繊維の一致点を求めると、両者は、「ハロゲンを17~24重量%含むビニル系重合体に、該重合体に対して12~14.5重量%のSb化合物を含有させた繊維からなる難燃繊維」である点でのみ一致するのであって、両者の難燃繊維のハロゲン及びSb化合物の量は、ごく一部において重複しているにすぎず、両繊維は、実質的に全く別個の繊維であるといわなければならない。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)

(1)  審決は、「引用例2には、ハロゲンを含む重合体にSb化合物を含有させた難燃繊維を他の可燃性繊維と複合して使用すると同時に、ハロゲン、Sb化合物の各含有量及び難燃繊維と可燃性繊維の混合比を本願発明の範囲内で使用することが示されている。」(審決書7頁18行~8頁2行)と認定している。

しかし、引用例発明2のハロゲンを含む重合体は、本願発明に用いるビニル系重合体ではなく、芳香族重合体であり、ハロゲンは芳香族核の置換基として存在するから、両者はハロゲンの反応性を異にし、化学構造も全く異なる重合体である。

したがって、両者を同一視することはできず、しかも、引用例2に実施例として示されている酸化アンチモンの最高量は8重量%であって、本願発明の12~50重量%の範囲とは一致しないのであるから、このような引用例2の記載から、本願発明が容易に想到できるものといえないことは明らかである。

(2)  審決は、「引用例1に記載された難燃繊維を、本願発明のように他の可燃性繊維を混合(混紡など)して使用することは、当業者が容易になし得ることといわざるを得ない。」(審決書8頁4~7行)としているが、誤りである。

引用例1には、その難燃繊維を他の可燃性繊維と混合して使用することは全く開示されていないばかりでなく、可燃性繊維を難燃化するという思想も存在しない。すなわち、引用例発明1は、本願発明とはその課題を異にする別個の発明であり、その繊維も課題の異なる別個の繊維であって、たまたまハロゲンの量及びSb化合物の量のごく一部が重複する場合があるにすぎない。したがって、引用例発明1を本願発明の進歩性判断の基礎とすることはできない。

また、審決は、「引用例1中の第1表からみて、本願発明のSb化合物の含有量が当業者が予期しない『大過剰』な量であるとはいえない。」(同9頁10~13行)としているが、この判断は、上記のとおり引用例1の記載内容の誤認に基づくものであり、しかも、引用例1の開示はあくまで単独使用する難燃繊維についてのものであるのに対し、本願発明における含有量は可燃性繊維と混合するための量であるから、これを単純に比較することはできない。

この点は、単独繊維の場合、難燃剤の含有量が約6重量%を超えるとLOI値は上昇せず、難燃効果が飽和すること(甲第10号証・「実験報告書」図6)を考慮すると、本願発明のSb化合物の含有量である12~50重量%は、特別の示唆がない限り、当業者が容易に採択する量を超えた量というべきである。引用例2、3にも、可燃性繊維と混合すべき難燃繊維として、Sb化合物を12重量%以上含有する難燃繊維の選択を示唆する記載はない。しかも、難燃繊維と可燃性繊維とを混合使用した場合の可燃性繊維を難燃化する効果は、単独繊維のSb化合物の含有量が約6重量%程度以下である場合と、12重量%以上である場合とでは、格別したレベルの相違が指摘できる(同号証図3)のであるから、難燃繊維自体を単独でみた場合には大きな相違はないということはできても、本願発明のような難燃繊維と可燃性繊維の複合体においては、全く異なるというべきである。

このように、難燃繊維自体と難燃繊維と可燃性繊維の複合体とは別異の技術を構成するものといわなければならず、本願発明が、学術的にも繊維状難燃剤という新しい概念を実現したものとして平成5年度繊維学会技術賞を受賞し(甲第6号証・「繊維学会誌」第5号)、その製品は画期的な次世代型商品として注目されている(甲第7号証・「加工技術」26巻9号24頁以下、甲第8号証・「日本繊維新聞」1991年9月11日号)ことも、本願発明が当業者にとって容易に発明することができなかったことを示している。

(3)  審決は、「本願発明の効果が格別なものであるともいえない。」(審決書9頁20行~10頁1行)としたが、誤りである。

本願発明は、引用例発明1の繊維とは実質的に異なる難燃繊維を特定の割合で他の可燃性繊維と混合(混紡など)することによって、当業者の予期できなかった顕著な効果を達成したのである。

本願明細書等で用いられているLOI値は、日本工業規格(JIS K 7201)の酸素指数法による高分子材料の燃焼試験方法に基づく値であり、その数値は、難燃性の程度が判断できる指標として一般的に用いられている。LOI値が高いほど難燃性が高く、その値が27~28を超えると難燃性繊維と分類される。

従来から、難燃繊維と可燃性繊維とを混合した場合、そのLOI値は混合割合に比例せず、ほとんどの場合にLOI値は混合比率より難燃性の低下の度合いが大きいことが知られている。これに対し、本願発明の難燃繊維の場合には可燃性繊維と混合しても、LOI値はほとんど低下せず、高い難燃性を保持するのである。

また、従来からモダクリル繊維(本願発明で用いるハロゲンを含むビニル系重合体)に有効であるとして知られている難燃剤である酸化マグネシウム、メタ錫酸及び酸化アンチモンをそれぞれ添加した単独繊維に対する難燃効果(LOI値の上昇)は、原告が提示する実験報告書(甲第10号証)第4図から明らかにされているように、酸化アンチモンの難燃効果は、上記他の2種の難燃剤に比べ有効ではない。ところが、これら3種類の難燃剤をそれぞれ20重量%添加したモダクリル繊維を複合繊維にすると、同報告書第5図に示されているように、そのLOI値は、酸化アンチモンの場合にのみ、混合率を80%近くまで増大しても、ほとんど低下しないという特異な挙動を示すのである。このように、酸化アンチモンは、単独繊維に対しては、あまり有効な難燃効果がないにもかかわらず、複合繊維にした場合には、特異的に大きな難燃効果を奏するのであり、当業者にも全く予測できなかった顕著な効果を発揮するものである。

しかも、本願発明は、このように難燃繊維複合体全体の難燃性の度合を難燃繊維単独の場合と同等又はこれに近い程度に維持するだけでなく、視感、風合、吸湿性、耐洗濯性、耐久性などの天然繊維等の特性についても、高いレベルで保持することができたものであるから、当業者の予期できなかった格別に顕著な効果を奏するといわなければならない。

(4)  以上のとおり、本願発明の進歩性を否定した審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  本願明細書には、ハロゲンが原子として計算されるべきことは明示されていない。その実施例においても、塩化ビニリデン及び塩化ビニルとしての量が開示されているにすぎず、ハロゲンの量に換算することは示されていない。したがって、ハロゲンの量を原告主張のように計算しなければならない根拠はない。

仮に原告主張のとおりとしても、本願発明と引用例発明1の重合体のハロゲン含有量は、原告も認めるとおり、17~24重量%の範囲で重複している。

(2)  Sb化合物とは、一般にSb(アンチモン)を含む化合物全体を包含する用語であり、本願明細書(甲第2号証の2、3)の「本発明に用いるSb化合物は難燃剤として用いられるものであり、その具体例としては酸化アンチモン・・・、アンチモン酸、オキシ塩化アンチモンなどの無機アンチモン化合物があげられるが、これらに限定されるものではない。これらは単独で用いてもよく、2種以上組合わせて用いてもよい。」(同号証の3、8頁7~14行)との記載によっても、本願発明が三塩化アンチモンを排除していると解することはできない。

そして、引用例1(甲第3号証)には、三塩化アンチモンが難燃効果を発揮するものとして添加することが開示されており(同号証6欄5~14行)、その実施例1には、三塩化アンチモンを12重量%添加した例のほか、20、30、40重量%添加した例も記載されている。

これらを酸化アンチモンに換算すると、40重量%の場合、重合体に対して16.7重量%となり、30重量%の場合、12.5重量%となり、本願発明の12~50重量%と重複することが明らかである。

(3)  原告の主張によっても、本願発明と引用例発明1とは原告主張の範囲において一致するのであるから、両者が一致するとした審決の認定は、結局において正当である。

2  同2について

(1)  原告は、引用例発明2のハロゲン含有重合体は、芳香族重合体であってビニル系重合体ではないから、両者はハロゲンの反応性を異にし、化学構造も全く異なる重合体であり、両者を同一視できないと主張するが、本願の平成4年12月29日付け補正書(甲第2号証の2)による補正前の公告公報(甲第2号証の1)では、ハロゲン含有ポリエステルでもよいとしていたのであり、原告の主張は一貫性がなく、信頼性に欠ける。

また、引用例2には、審決認定のとおり、酸化アンチモンの添加量が0.1~20重量%と明示されていること(審決書5頁3~6行)は、原告も認めるところであり、これを実施例の8重量%に限定して解さなければならない根拠はない。

(2)  難燃繊維を可燃性繊維と混合使用することは、引用例2及び特開昭53-6617号公報(乙第2号証)にみられるように、繊維を使用するうえでの常套手段であり、本願発明のこの構成は、必然的な使用形態を付加したものにすぎない。

本願は、当初、Sb化合物の含有量を「重合体に対して6~50重量%」とし、「Sb化合物を多量に含有したハロゲン含有重合体よりなる繊維を他の可燃性繊維と混合して複合繊維にすると、従来の難燃性繊維と比べて、難燃性の低下の度合が極めて小さくなることを見出し、本発明を完成するに至った。」(乙第1号証2頁右上欄4~8行)として、特許出願されたものであるが、審査において、上掲特開昭53-6617号公報(乙第2号証)が示され、「Sb化合物が6重量%」では、同公報記載の発明と同一発明となるため、Sb化合物の含有量の下限を「8重量%」に減縮し、さらに、特公昭57-17964号公報(乙第3号証)には、10重量%以下のSb化合物を含有した難燃繊維が開示されていることなどから、審判において、Sb化合物の下限を「12重量%」に減縮し(甲第2号証の3、平成3年11月8日付け手続補正書)、Sb化合物の含有量が公知の発明より多量である点を明確にして出願公告に至ったものである。

しかし、特許異議の申立てがあり、その提出された証拠から、Sb化合物の含有量が12重量%であっても、新規な難燃繊維といえないことが明らかとなり、さらに、本願発明が効果を奏する理由としている原理についても、本願の出願前、すでに公知であったことが判明したため、本願発明は進歩性がないと判断されたものである。

したがって、本願発明が引用例1~3に記載された発明から容易に発明をすることができたとする審決の判断に誤りはない。

(3)  アンチモンハロゲン化物が火炎抑制効果を有し、しかもこれを多量に使用すれば、可燃性繊維の混合率を高めても繊維複合体の難燃性が低下しないことは、引用例2及び3の記載などから容易に予測できることである。

原告が提示する実験報告書(甲第10号証)は、この点を追試によって確認したものにすぎず、その実験結果は、本願発明の一部のモダクリル繊維についてLOI値のみを測定したものであって、本願発明の全範囲にわたって難燃性について効果を奏する点を明らかにしたものではない。

また、本願発明の効果として本願明細書に記載されている「視感、風合、吸湿性、耐洗濯性、耐久性」(甲第2号証の3、24頁8~9行)は、天然繊維と複合(混紡)した場合に生ずる一般的な特性を述べたにすぎず、それ以上である根拠は何ら記載されていない。

(4)  以上のとおりであるから、審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

本願発明の要旨に示される「ハロゲンを17~86重量%含むビニル系重合体に、該重合体に対して12~50重量%のSb化合物を含有させた繊維」と引用例発明1の繊維を対比すると、原告主張のとおりに引用例発明1のハロゲン含有量と酸化アンチモンの含有量を計算しても、両者の繊維は、「ハロゲンを17~24重量%含むビニル系重合体に、該重合体に対して12~14.5重量%のSb化合物を含有させた繊維からなる難燃繊維」である点で一致することは、原告も自認するところである。

この事実によれば、ハロゲン含有量が17~50重量%の範囲において重複し、Sb化合物含有量が12~30重量%の範囲において重複するとした審決の一致点の認定(審決書6頁19行~7頁5行)は、その上限の値を高く認定した点において誤りであるとしても、上記の範囲で一致することにおいては、誤りということはできない。

すなわち、両者の難燃繊維のハロゲン及びSb化合物の含有量の重複する範囲が審決認定の範囲よりも狭く、上記の範囲において重複しているにすぎないとしても、この重複する範囲において、本願発明で用いる難燃繊維は、引用例1に開示された公知の難燃繊維と異なるところはなく、これを実質的に全く別個の繊維であるということはできない。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

本願発明と引用例発明1とが、審決認定のとおり、「本願発明がかかる難燃繊維と他の天然繊維および化学繊維よりなる群から選ばれた少なくとも1種の繊維(可燃性繊維)と複合した『難燃繊維複合体』であるのに対し、引用例1には他の可燃性繊維と複合して使用する点についての明示がない点で、両者は相違する。」(審決書7頁6~11行)ことは、当事者間に争いがない。

(1)  引用例2に審決認定の事項(同4頁7行~5頁17行)が記載されていることは、当事者間に争いがなく、この事実によれば、審決認定のとおり、「引用例2には、ハロゲンを含む重合体にSb化合物を含有させた難燃繊維を他の可燃性繊維と複合して使用すると同時に、ハロゲン、Sb化合物の各含有量及び難燃繊維と可燃性繊維の混合比を本願発明の範囲内で使用することが示されている」(同7頁18行~8頁2行)ことが認められる。

原告は、引用例2に実施例として示されている酸化アンチモンの最高値は8重量%であって、本願発明の12~50重量%の範囲とは一致しないと主張するが、引用例2には、審決認定のとおり、「一般にアンチモン酸化物は添加繊維中に上記塩化および/又は臭化芳香族重合体重量を基準として0.1乃至20重量%(例えば0.4~8重量%)の濃度とする。」(審決書5頁3~6行)と記載されているのであって、この値が、本願発明と12~20重量%の範囲で重複するものであることは明らかである。

そして、引用例発明2のハロゲンを含む重合体が、原告主張のように、本願発明で用いるビニル系重合体ではなく、芳香族重合体であるとしても、「ハロゲンを含む重合体」であることに変わりはないから、審決の上記認定に誤りはない。

引用例発明2の重合体のハロゲンが芳香族核の置換基として存在し、そのため、本願発明の重合体とハロゲンの反応性を異にし、両者が化学構造も全く異なる重合体であるとしても、この点は、引用例発明1と引用例発明2を組み合わせることの難易に関する事項であって、引用例2の記載事項の認定の正否の問題ではないことは、明らかである。

(2)  難燃繊維と可燃性繊維を混合(混紡など)して難燃繊維複合体とすること自体は、上記のとおり引用例2に開示されているばかりでなく、本願明細書(甲第2号証の2、3)の発明の詳細な説明の〔従来技術〕の項に例示されている特開昭53-6617号公報(乙第2号証)、昭和48年8月1日発行「大阪府立繊維技術研究所研究報告」第5号所収の「難燃性繊維混用品の燃焼性」(乙第8号証)、「Book of Papers」1974 National Technical Conference(乙第9号証)、「Journal of COATED FABRICS Vol.12 1982(乙第10号証)においても、すでに開示されているところであり、本願出願前、本願発明の属する技術分野において、周知の技術であったと認められる。

そして、審決も認定するとおり、引用例2には、この難燃繊維と可燃性繊維との複合体につき、「出来た混合物を火炎にさらした際添加繊維が部分的分解して混合している可燃繊維を不燃性とする能力のある生成物を生ずることが発見されている。・・・アンチモン酸化物はアンチモンハロゲン化物、例えば塩化アンチモン又は臭化アンチモンを生成するのに役立ち、それは混合物全体に望む火炎抑制特性を賦与するのを助ける。」(審決書5頁10~16頁)と、火炎抑制特性を賦与するメカニズムに関する知見が開示されており、また、引用例3には、防炎加工剤の相乗効果に関し、「三酸化アンチモン単独では防炎効果はないが、ハロゲン化物が共存するとすぐれた防炎効果を示す。・・・アンチモンはハロゲン伝達の役割を演じ、固体内での炭化生成反応にあずかり、またガス層でのフリーラジカル補足の役を果して防炎効果を示すものと考えられる。」(審決書6頁2~8行)と記載されていることは、当事者間に争いがない。

これら本願出願前の技術水準を前提にすると、引用例2に、前示のとおり、ハロゲンを含む重合体にSb化合物を含有させた難燃繊維を他の可燃性繊維と複合して使用すると同時に、ハロゲン、Sb化合物の各含有量および難燃繊維と可燃性繊維の混合比を本願発明の範囲内で使用することが示されているのであるから、この引用例発明2のハロゲン含有重合体に換えて、引用例発明1のハロゲン含有ビニル系重合体の難燃繊維を使用することは、当業者が容易に想到できることといわなければならない。

このことからすれば、原告主張の引用例発明1が本願発明と課題を異にする点、あるいは、引用例発明2の重合体のハロゲンが芳香族核の置換基として存在し、そのため、本願発明の重合体とハロゲンの反応性を異にし、両者が化学構造も全く異なる重合体である点は、引用例発明1、2の組み合わせを想到するうえにおいて、何らの妨げとなる要素ではないことが明らかである。

その他原告が容易に想到できない理由として主張するところは、上記説示に照らし採用できない。

(3)  被告主張のとおり、アンチモンハロゲン化物が火炎抑制効果を有するから、ハロゲン含有ビニル系重合体繊維と可燃性繊維の難燃繊維複合体とするにあたり、ハロゲン含有ビニル系重合体繊維としてSb化合物を含有した繊維を使用すれば難燃性が改善されることは、引用例2、3の上記記載から、当業者であれば予測可能なことと認められる。しかも、ハロゲン含有ビニル系重合体繊維の難燃性複合体としてモダクリル繊維の複合体は、可燃性繊維の混合率を高めても難燃性の低下の度合が低いから(乙第8号証56~59頁)、この複合体のモダクリル繊維にSb化合物を含有させることにより優れた難燃効果が奏されることは、容易に予測できることである。

また、本願発明の効果につき、原告が依拠する実験報告書(甲第10号証)の図4及び図5並びに本願明細書(甲第2号証の3)の第1図の結果は、Sb化合物を含有させたモダクリル繊維と綿の複合繊維、すなわち本願発明の「ハロゲンを17~86重量%含むビニル系重合体」の一部のものと可燃性繊維の組合せについての効果を示すもので、本願発明の難燃性複合体全体の効果を支持するものではない。仮に原告が同実験報告書に示すモダクリル繊維についての効果を本願発明全体の効果というのであれば、少なくとも本願の特許請求の範囲第2項の発明をもって本願発明の要旨を示す発明とすべきであったというべきである。

更に、原告主張の視感、風合、吸湿性、耐洗濯性、耐久性などの天然繊維等の特性を高いレベルで保持することができたとの効果については、引用例発明2も、「普通の繊維を実質的な割合に配合しその物理的性質を少しも実質的にそこなわずに望む火炎抑制性を示す繊維混合物が容易に出来る」、「可燃性繊維の手ざわり又は他の美的性質については変化がない」(甲第4号証9頁右下欄8~10行、14~15行)との効果を有するものであり、これに比して本願発明の上記効果が特段のものであることを示す資料は、本件証拠上、これを認めることができない。

(4)  以上によれば、本願発明は、引用例発明1、2及び引用例3に記載されたところに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものというほかはなく、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

3  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成2年審判第23701号

審決

大阪府大阪市北区中之島3丁目2番4号

請求人 鐘淵化学工業株式会社

大阪府大阪市中央区谷町2丁目2番22号 NSビル 朝日奈特許事務所

代理人弁理士 朝日奈宗太

昭和59年特許願第209967号「難燃繊維複合体」拒絶査定に対する審判事件(平成4年3月26日出願公告、特公平4-18050)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

[1]本願は、昭和59年10月5日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後の平成4年12月29日付け手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、「ハロゲンを17~86重量%含むビニル系重合体に、該重合体に対して12~50重量%のSb化合物を含有させた繊維85~20重量部と、天然繊維および化学繊維よりなる群から選ばれた少なくとも1種の繊維15~80重量部とを100重量部になるように複合した難燃繊維複合体」にあるものと認める。

なお、特許請求の範囲第1項には、「重ビニル系合体」と記載されているが、「ビニル系重合体」の誤記と認め、本願発明の要旨を上記のように認定した。

[2]これに対して、当審における特許異議申立人株式会社興人が提出した、本願出願前に頒布された「特開昭48-73521号公報」(以下、「引用例1」という。)には、「アクリロニトリル系合成繊維を製造するに際し、アクリロニトリルに対して50重量%以下の塩化ビニル及び/又は塩化ビニリデン並びに0.2~30重量%の三塩化アンチモンを含有したアクリロニトリル系重合体を紡糸した後三塩化アンチモンを加水分解することを特徴とする難燃性アクリロニトリル系繊維の製造法」(特許請求の範囲)が記載されている。

そして、その明細書中の実施例1には、塩化ビニリデンを35重量%含有するアクリロニトリルとの共重合体に所定量の三塩化アンチモンを添加して紡糸し、浴中で三塩化アンチモンを加水分解させて繊維内部に三酸化アンチモンを形成させた後、乾燥、蒸熱処理などして糸条を形成させることが記載され、さらに、添加する三塩化アンチモンの量を、共重合体に対して0、0.1、0.2、2、6、12、20、30、40重量%とした場合の得られたフィラメントの難燃性(残燃時間)、透明光沢性、糸質に関するデータが示され(第1表)、その結果として、「30重量%を上廻ると加水分解が困難になると共に透明光沢性及び糸質が低下するので三塩化アンチモンの添加量は2.0~30重量%の範囲が適当である」としている。

同じく特許異議申立人が提出した、本願出願前に頒布された「特開昭52-99399号公報」(以下、「引用例2」という。)には、「火災抑制性繊維」に関し、以下の事項が記載されている。

(1)「繊維混合物において、(a)…燃焼する分離した繊維および(b)芳香族環に化学的に結合した塩素、臭素又はそれらの混合物を含む合成芳香族重合体より主として成り…上記混合物を全体として不燃性とする固有能力をもつ分離した繊維より成ることを特徴とする繊維の火災抑制混合物。」(特許請求の範囲第1項)

(2)「成分(a)の分離した繊維が本質的にポリプロピレン、ポリアミド類、ポリベンズイミダゾール類、ポリエステル類、酢酸セルロース、三酢酸セルロース、綿、毛およびそれらの混合物より成る群から選らんだものである…繊維混合物。」(特許請求の範囲第2項)

(3)「成分(b)の分離した繊維が更に少量の酸化アンチモンを含む…繊維混合物。」(特許請求の範囲第7項)

(4)「一般にアンチモン酸化物は添加繊維中に上記塩化および/又は臭化芳香族重合体重量を基準として0.1乃至20重量%(例えば0.4乃至8重量%)の濃度とする。」(第9頁左上欄第5~8行)(5)約20乃至90重量%の成分(a)および約10乃至80重量%の成分(b)より成る…繊維混合物。」

(特許請求の範囲第19項)

(6)「出来た混合物を火炎にさらした際添加繊維が部分的分解して混合している可燃繊維を不燃性とする能力のある生成物を生ずることが発見されている。…アンチモン酸化物はアンチモンハロゲン化物、例えば塩化アンチモン又は臭化アンチモンを生成するのに役立ち、それは混合物全体に望む火炎抑制特性を賦与するのを助ける。」(第9頁左上欄第11行~同右上欄第3行)

同じく特許異議申立人が提出した、本願出願前に頒布された刊行物である「高分子Vol.22、No.253、1973」第218~223頁(以下、「引用例3」という。)には、「繊維の難燃化」について説明され、防炎加工剤の相乗効果に関し、「三酸化アンチモン単独では防炎効果はないが、ハロゲン化物が共存するとすぐれた防炎効果を示す。…アンチモンはハロゲン伝達の役割を演じ、固体内での炭化生成反応にあずかり、またガス層でのフリーラジカル捕捉の役を果して防炎効果を示すものと考えられる。」(第220頁右欄第10~22行)旨記載され、また、難燃繊維を他の繊維と混紡、交織して使用することも示唆されている(第222頁右欄「6-2、複合材料の燃焼性の研究」の項参照)。

[3]本願発明でいう「ハロゲンを含むビニル系重合体」にはアクリロニトリルとハロゲン含有ビニル系単量体を含む共重合体が包含される点、及び、引用例1に記載された「三塩化アンチモン」および「三酸化アンチモン」はSb化合物の一種である点、を考慮して本願発明と引用例1に記載された発明を対比すると、両者は、「ハロゲンを17~86重量%含むビニル系重合体に、該重合体に対して12~50重量%のSb化合物を含有させた繊維からなる難燃繊維」である点において一致する(ハロゲンを50重量%以下含む点及びSb化合物を重合体に対して12~30重量%含有する点で)ことが明らかである。

一方、本願発明がかかる難燃繊維と他の天然繊維および化学繊維よりなる群から選ばれた少なくとも1種の繊維(可燃性繊維)と複合した「難燃繊維複合体」であるのに対し、引用例1には他の可燃性繊維と複合して使用する点についての明示がない点で、両者は相違する。

そこで、この相違点について検討する。

難燃繊維と可燃性繊維を混合(混紡など)して使用すること、及びハロゲンを含む重合体にSb化合物を含有させた難燃繊維は両者の相乗効果により防炎効果が向上することは本願出願前広く知られている(引用例3参照)。

また引用例2には、ハロゲンを含む重合体にSb化合物を含有させた難燃繊維を他の可燃性繊維と複合して使用すると同時に、ハロゲン、Sb化合物の各含有量及び難燃繊維と可燃性繊維の混合比を本願発明の範囲内で使用することが示されている。

その他引用例2及び引用例3の前記記載を考慮すると、引用例1に記載された難燃繊維を、本願発明のように他の可燃性繊維を混合(混紡など)して使用することは、当業者が容易になし得ることといわざるを得ない。

なお、請求人は、「ハロゲン含有量が17~86%のビニル系重合体という、これ自体ある程度の難燃性を有する含ハロゲン重合体に、ガス型の難燃効果を生ずるSb化合物という特定の難燃剤を、この重合体の難燃性を良好にする(約6%で難燃性は飽和する)という観点からすれば、大過剰かつ極めて多量(12~50%)に含有させた繊維を天然繊維または化学繊維と特定の割合で複合するため、本願発明においては、従来の知見からは予測しがたい難燃繊維複合体全体の難燃性を、難燃繊維単独のばあいと同等ないし難燃繊維単独のばあいに近い性能に維持し、かつ、天然繊維などの特性(視感、風合、吸湿性、耐洗濯性、耐久性など)をも高いレベルで保持するというおどろくべき効果を奏する難燃繊維複合体をうることができた」(特許異議答弁書第4頁第3~19行)と強調する。

しかしながら、ハロゲンを含む重合体にSb化合物を含有させた難燃繊維は両者の相乗効果により防炎効果が向上することは引用例3に示されるように本願出願前に知られていることであり、また、ハロゲン含有量が17~86%のビニル系重合体に12~50%のSb化合物を含有させた難燃繊維も引用例1に示されるように本願出願前公知であって、引用例1中の第1表からみて、本願発明のSb化合物の含有量が当業者が予期しない「大過剰」な量であるとはいえない。さらに、引用例2には、燃焼時に生ずるアンチモンハロゲン化物が可燃繊維を不燃性として混合物全体に火炎卸制特性を賦与することが開示されており(第9頁左上欄第11行~同右上欄第3行参照)、可燃繊維との複合体として使用した場合でも十分な難燃性が維持できる点も当業者が予測できることである。

これらを考慮すると、本願発明の効果が格別なものであるともいえない。

[4]以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1乃至引用例3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年6月7日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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